平成30年1月18日、AV制作会社社長が、淫行勧誘罪の容疑で逮捕されました。その様子は、翌19日、ニュース番組等で放映されました。
 そのオンエアを見た伊藤和子弁護士は、1月20日に次のようなツイートを流しました。

「逮捕されて制作会社社長が顔を必死に隠しているシーンを見て思ったこと。
嫌がる女性たちに出演強要し、顔や体、最も知られたくない屈辱的なことを晒させて拡散しズタズタに傷つけて、自分たちは陰に隠れて巨額の利益を得る。
そんな鬼畜のような人たちはみんな顔を晒して責任と取ってほしいと思う。」

 このようなツイートをしたのは、伊藤弁護士がそれまで、いわゆるAV出演強要事件の被害女性の救済に尽力し、AV業界の現場の人権無視の実態をよく知っていたからでした。AV制作会社社長の逮捕の模様を見て、AV制作の実態を思い起こし、被害女性の人権侵害の上に利益を獲得している業界の人たち、そのような「鬼畜のような人たち」は、きちんと責任を取ってほしい、という思いから、ツイートをしたものでした。

 このように、問題となっているツイートは、個人名を指摘したものではなく、そこに記載されているとおり、制作会社社長の逮捕の「シーンを見て思ったこと」、すなわち伊藤弁護士の意見・感想が記されているだけでした。
 逮捕されたAV制作会社社長は不起訴処分となりましたが、その後、平成30年8月22日、上記ツイートによって、名誉が毀損され、名誉感情が侵害されたとして、500万円の損害賠償請求訴訟を伊藤弁護士に提起してきました。
 ところが、一審東京地裁も、控訴審東京高裁も、伊藤弁護士のツイートは、AV制作会社社長が、嫌がる女性を無理矢理アダルトビデオに出演させて、その意に反して恥部を晒し、巨額の利益を得ているとの事実を摘示していると判断し、名誉毀損、侮辱にあたると判断し、伊藤弁護士に賠償を命じました。その額は東京地裁では5万円、東京高裁では20万円でした。

 今回の伊藤弁護士のツイートが、名誉毀損・侮辱にあたり、損害賠償責任を負うことになれば(それが500万の請求のうちの20万円が認められたに過ぎないとしても)、様々な社会問題に取り組んでいる人たちが、問題点の指摘を行い社会的に訴えていくことに対する萎縮的効果が生じ、社会正義の実現が妨げられると私たちは考えます。
 また、判決文を読むと、裁判所が、AV制作がどのように行われているのか、出演強要の実態について疎い、ないしあえて知ろうとしない態度がうかがわれ、問題の根深さを感じさせるところです。

 伊藤弁護士は、前記の問題意識から、現在上告中です。上告理由書では、以下の論点につき論じています。
 そもそもツイートには個人名は全く出て来ていませんが、上述のツイートを普通の人が普通に読んだ場合(あるいはみなさんが普通に読んだ場合)、逮捕されたAV制作会社社長のことを論じていると読めるでしょうか。ツイートには、逮捕されたAV制作会社社長が顔を隠そうとして思ったこと、とこのツイートがあくまで逮捕映像を見て伊藤弁護士が感じたことであることが示されています。また、鬼畜のような人たちは、と特定個人ではなく、陰に隠れて巨額の利益を得ている人たちという集団に対する意見が述べられているのです。伊藤弁護士のツイートが、AV制作会社社長という特定個人に名指して事実を摘示している、という裁判所の判断は、経験則に反するものであるばかりでなく、民事訴訟法の定める自由心証主義に反する法律違反であるとともに、思想表現の自由を保障した憲法21条1項に違反していると私たちは考えます。
 また仮に本件ツイートは、AV制作会社社長を対象とした事実の摘示ではなく、AV出演強要事件の被害者救済に尽力してきた伊藤弁護士の法的見解を含む論評です。表現の自由を守るため、事実の摘示と論評を区別し、論評については損害賠償責任が発生するかどうかは慎重な判断が要求される、というのがこれまでの最高裁の判例です。ところが、今回の判決は、過去の判例(ゴーマニズム宣言事件最高裁判決など)に反し、論評を安易に「事実摘示」だとして、厳しい基準で損害賠償責任の成否を判断しており、最高裁の判例に反するものであるとともに、憲法21条1項に違反していると私たちは考えます。
 仮に本件ツイートがAV制作会社社長を対象としたものであり、通常の表現行為と同じ判断基準で損害賠償責任の有無の判断がなされるとしても、本件ツイートの摘示事実について、真実性ないし真実相当性の証明が十分ある事案です。仮にある表現行為が形式的に名誉毀損にあたるとしても、摘示された事実について真実であることの証明あるいは真実であると信じることがやむを得ないこと(真実相当性)の証明がなされれば、損害賠償責任は発生しないというのが最高裁の判例です。

 今回の判決は、真実性の証明も真実相当性の証明もなかったとしていますが、その判断も著しく不当なものであり、民事訴訟法の定める自由心証主義に反する法律違反であるとともに、思想表現の自由を保障した憲法21条1項に違反していると私たちは考えます。
 本件逮捕をめぐっては、メディアも大々的に報道し、警視庁も報道発表会を行い、さらに業界団体向けの説明会まで開催し、当該社長の実名を特定し、「AV強要」と関連付けた報道をしてきました。制作会社社長は報道機関三社と東京都(警視庁)に対しても名誉棄損訴訟を提訴しましたが、いずれも被告側が勝訴し、伊藤弁護士だけが敗訴しています。一審判決は伊藤弁護士がAV出演強要問題について積極的に活動してきたことを不法行為認定の決め手として論拠づけていますが、社会活動や人権活動を積極的に取り組めば不利益に認定されて賠償を命じられても仕方がないという司法判断は妥当といえるでしょうか。
 判決の論理ではおよそあらゆる人権問題やハラスメント、社会問題について、確定有罪判決が出ない限り、報道を契機に思ったことをつぶやいたり論評をしても名誉棄損に問われうることになります。こうしたことを容認すれば、社会に住む私たち一人ひとりが社会問題に対して声を上げ、社会的議論をすることができなくなります。

 今回の訴訟では、思想表現の自由(憲法21条1項)という極めて重要で、一方でマスメディアに限らず活動家および一般人においても極めて身近な権利に対する制約が問題になっており、判決の影響は多大であると考えます。多くの皆さんに関心をもって、裁判を応援いただければ幸いです。

弁護団一同