呼びかけ人代表よりご挨拶

(青山学院大学名誉教授・弁護士)
弁護士伊藤和子さんが、人権の問題に取り組み、冤罪救済、米軍基地飛行差止め・騒音被害救済、インドなどでの児童労働救済と並んで、ジェンダーの差別と性的搾取について鋭い問題提起と大胆な社会活動を展開していることは、よく知られています。
わたしは、沖縄・横田・横須賀・厚木などの米軍基地について国際民主法律家協会のレノックス・ハインズ副会長やベス・ライオンズ弁護士(IADL国連ニューヨーク本部常駐代表補佐)の助けを得て、国際法律家調査団を組織し、広く日本国内の弁護士・市民の支援を得て、国連やアメリカ政府・議会に要請活動をしたことがあります。ベスさんの母校であるニューヨーク市立大学のロースクールで、米軍基地被害の実態をロースクールの学生たちに訴えたときに、プレゼンテーションをしたのが伊藤和子さんでした。毒ぶどう酒による女性5人の殺害疑いがかけられた名張えん罪事件で、三重県の名張市駅前で支援を訴えたときに、マイクを握って明瞭な説明と支援を求めたのが、伊藤和子さんでした。また、司法制度改革で裁判員制度がつくられることが決められた後、日本弁護士連合会が市民運動を展開するときに、わたしが事務局長としてお手伝いすることになり、その事務局の中心を担ってくれたのが伊藤和子さんでした。
伊藤和子さんは、まさに人権問題のジャンヌ・ダルクのように、まるで神の啓示をうけたかのように、卒然として登場して、驚くようなスピードでネットワークを広げ、ひとびとの関心を高め、メディアに訴え、これまであまり日の当たらなかった人権の問題に光を点してきました。これは、フランス大革命の「人権宣言」や世界人権宣言で掲げられた大きな目標、つまり「ひとしく人権が享受される社会」という目標を実現するために、大きな一歩を踏み出すものと言えます。
このことが可能になるのは、まさに言論が公共空間でコミュニケーションの道具として有効に機能し、人々が熟議して、民主的な手続を通して問題の解決にあたれるような道筋が必要です。自由で公正な言論が保障されることが不可欠です。かつて台湾を訪れたときに、最高裁判所の長官から五色のラインの模様をデザインしたネクタイをプレゼントされたことがあります。その意味は、健全な民主主義政治は5つの権限のバランスだという趣旨でした。つまり健全なガバナンスに機能するためには、古典的な三権分立によるチェック・アンド・バランスだけではなく、公正な公共空間におけるメディアと独立した人権監視機構が必要だという意味です。
その陰陽を逆にしたような実例が、日本の歴史にあります。これは、明治時代にフランスからにやってきて世相や風俗を活写した「ポンチ絵」を多く残したビゴーの作品を見るとわかります。1888年の作品とされていますので、明治21年、大日本帝国憲法の発布と帝国議会の発足の前夜という時代でした。当時、新聞紙条例が許可制から届出制に軟化したのにもかかわらず、窓の外からのぞいたビゴー(ピエロの衣装は、演劇などで揶揄や風刺で「真実」を述べる役回りに模したものでしょう。)が目撃したものは、何か? 新聞記者がことごとく、マスクのような「さるぐつわ」をして、サーベルを下げた警察官に注意されている場面でした。
念のために、流布している解説によれば、画面に書かれた文字は、みっつあり、左上の文字は判読できませんが、一つは屏風にあり、もうひとつは画面右上にあって、新聞記者のセリフだそうです。

明治時代の公共空間を描けば、新聞紙条例(1875年)や集会条例(1880年)、保安条例(1887年)などが次々つくられ、民権運動の高まりにつれて言論統制も強化され、世論形成の機会が著しく狭められていたという様子は、ビゴーのこの風刺画によくあらわされています。
いつか来た道をたどらないように、人権の保障と公正な言論の保護は、車の両輪です。伊藤和子さんの口に「さるぐつわ」をつけるようなことは、これに不当なブレーキをかけることになります。
呼びかけ人代表
新倉 修(青山学院大学名誉教授・弁護士)
レベッカ・ソルニットは『説教したがる男たち』(左右社、2018)の中で次のように述べている。「なんでもない会話のその先には,男性のみ開かれた空間が広がっている。言葉を発し,話を聞いてもらい,権利を持ち,社会に参加し,尊敬を受け,完全で自由な人間として生きられるような空間。そこには女性は入れない。かしこまった言葉で言えば,これが権力が行使される一形態だ。同じ権力が,罵倒することによって,物理的な脅迫や暴力によって,また往々にして世界の構造そのものによって,女性を沈黙させ,存在を消し去り,無力にする。そのとき女たちは,平等ではなく,社会参加もできず,権利を備えた人間でもなければ,生きた存在ですらない。」
また、メアリー・ビアードも『舌を抜かれる女たち』(晶文社、2020)で、「あらゆる方面で、伝統的に男性のものとされる領域を女性が侵犯しようとすると、徹底的に抵抗されます」と言っている。
今回の伊藤和子さんの裁判では、女性の権利を守るべき司法が女性の言葉を封じるのに加担している。司法は男性中心的であり、「女の生」(キャサリン・マッキノン)とは無関係に存在している。
加えて、「暴力をふるう人間ではなく、その暴力について語ろうとする人間の方が、社会の期待を裏切る存在」となり、「皆が話さないことを話そうとする人間は、間違っているかのような印象」を与えることにも加担している(カロリン・エムケ『イエスの意味は、イエス、それから・・・』みすず書房、2020)。
これは、彼女だけの問題ではなく、私たちの問題なのだ。
呼びかけ人代表
後藤 弘子(千葉大学大学院教授)
呼びかけ人
新倉 修(青山学院大学名誉教授・弁護士・呼びかけ人代表)
後藤 弘子(千葉大学大学院教授・呼びかけ人代表)
石川 優実(アクティビスト)
上野 千鶴子(社会学者・東京大学名誉教授)
太田 啓子(弁護士)
香山 リカ(精神科医)
中里見 博(大阪電気通信大学教授)
仁藤 夢乃(社会活動家)
山本 和奈(Voice Up Japan代表理事)
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賛同人
雨宮 処凛(作家・活動家)
岡野 八代(同志社大学教授)
くるみんアロマ(YouTuber・社会奉仕活動家)
辛 淑玉(のりこえねっと代表)
ブンジン(ユーチューバー)
ぼうご なつこ(漫画家)
松本 肇(教育評論家)
三浦 まり(上智大学教授)
牟田 和恵(大阪大学教授)
望月 衣塑子(新聞記者)
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伊藤和子弁護士とは?

東京弁護士会に所属する女性弁護士。1994年に弁護士登録。女性や子どもの人権、国際的な人権問題に関わって活動をしている。最近は、AV出演強要被害、#MeTooに代表される性暴力被害について、声を上げにくい被害者、勇気を出して声を上げる被害者の側に立って尽力してきました。
2006年、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの立ち上げに関わり、事務局長に就任し、国内外の人権問題に関わって活動しています。